失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】




「うわっ!」

僕は浴槽の中で足を滑らせた

あわてて縁を掴む

ジャバッと派手な水音がして

残り湯が飛沫を上げた

僕は服のまま風呂水に浸かっていた

浴槽の中の闇は消えていた

ずぶ濡れのまま僕は茫然と

辺りを見回した

風呂に落ちたショックで

少し正気になっていた



神父の姿

あのリアルな闇

…あれはマボロシ?

どういうことなんだ

今までに味わったことのない

異常な感覚に

僕はこれが現実か夢かの区別が

わからなくなる怖さを感じた





僕は幻覚を見るようになっていた

それがあの"もっといい"クスリ

のせいだとは

まだ気がついていなかった

そしてこの淋しさすら

あのクスリの引き起こしたもので

あれが"ラブドラッグ"と言われ

人恋しさや「好き」という感情さえ

脳内で合成するもので

女を落とすのに使われたりするもの

だと言うことを

僕は知らずにあの男に抱かれていた

あの男がそれを僕に教えるわけは

ないけれど…



だが僕にはそんな知識はなかった





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