失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



消毒と身体中の傷の処置

止血

性器に包帯を巻かれ

そして火傷の手当ての後

血液を採取された

「エイズと肝炎の検査だ」

医者は僕の腕から

手早く注射器で血液を取り

試験管に移し替えた

「終わったか?」

男が医者に聞いた

「ええ…ひとまず処置は済みました

が」

すると男は僕を床から抱えあげて

ベッドに寝かせてくれた

「うっ……は…ぁ……」

やっぱり身体を動かされて

刺されたところがズキッと疼き

思わずうめいた

すると男の手が頬に触れた

殺すはずの冷血な男に

もしかして優しくされてるのか?

僕は首を反対側に倒して

男の手から逃れた

頭が変になりそうで…



「じゃあ…この抗生物質をちゃんと

飲むこと…5日間出しておくから…

飲まないと傷から感染するかもしれ

ない…ヤク中は免疫力が低いからね

下手すると死ぬ…敗血症かなんかで

…このあと熱がでると思う…痛み止

めも出しておくから熱も引くと思う

効けば…だけど」

薬物中毒者は薬が効かないことが

往々にしてあるという

「効かなかったら…いつものヤツ…

たくさん…打って…」

針で貫かれても痛覚が鈍かった

さっきのことを思い出し

僕は男に頼んだ

「……」

男はなぜかまた黙った



「だけど珍しいですね…あなたが私

をこんなすぐ呼ぶなんて…この子は

あなたの恋人…?」

医者の思いがけない問いに

男は無表情のまま黙っていた

「…もっと大事にしてやれないもん

なんですか?」

医者がカバンをかたずけながら

率直な医者らしいことを聞いた

「うるさい…用が済んだらさっさと

帰れ」

男は異常に機嫌の悪い声を出して

医者の前に立ち威嚇した

「はいはい…じゃあまた…抗生物質

忘れずに飲ませてあげて下さい」



医者は男に追い出されるように

帰っていった





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