失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



「クスリ……切れ…て…る…」

処置のおかげで気が紛れていたのも

つかの間だった

医者が追い出されたあと

今回打ったシャブの量に比例した

ものすごい精神の墜落がやってきた

急速に身体の痛みが鋭くなってきた

なにもかもが絶望的で

なんの救いもない

恐怖と戦慄が止まらない

だが男はいつもしてくれるみたいに

クスリをくれなかった

それから少しして

医者の言う通りやはり熱が出た

寒気でガタガタ震える

責めと傷のせいなのか

クスリの禁断症状なのか…

きっとどちらもだ

あまりの身体と心のキツさに

うめきながら泣いた

こんなに苦しいのに

生きていなければならないことが

一番絶望的だった

「ころ……し…て…」

思わず口走っていた

「死にたいか…?」

ずっと黙っていた男が

口を開いた

「どう…せ……あの…客に……売ら

れ……たら……殺……され…る…」

話すのもままならないくらい

身体と心のすべてが苦しい

「なんで……な…なんで……クスリ

くれ…ないの…?」

「今は…駄目だ…我慢しろ」

そんな…こんなにしておいて

「なんで…?ヤク中にしたくせに?

なんで…殺しもしないで…このまま

我慢…って…ひどすぎる…」

僕は初めて男を恨んだ

「こんな…身体にして……我慢…な

んて……そんな……ひどい…」

男は目を閉じて立っていた

そして深く息を吸って

僕にこう言った

「傷を治してから…売る」

「鬼…だね……あなた…」

男はフッと笑った

「知ってるだろう?」

だが僕はもう苦痛の限界に

達していた

「ダメだ…気が狂うよ…ダメだよ…

もう…耐えられない…殺して…殺し

て!…早く…殺して…」

ああ…痙攣が始まる

息ができなくなる

身体が硬直してきた

あんたに殺されなくても

勝手に死ぬ…よ



目の前が暗くなる

久しぶりのブラックアウト

あの時もまわされて

駅で気を失ったよね

今日はもう目覚めないかも知れない

ごめん

兄貴

ごめん…

迎えに行けなかった

ごめん






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