名も無き恋【短編】
言うが早いか、

彼は軽々と私の体を持ち上げました。



「ぎゃっ!」



私は驚きのあまり
つい声を漏らしてしまいました。


彼もそれに動揺したらしく、
一瞬全身をびくっと震わせていました。


それを隠すかのように

「おっ、びっくりした?ごめんごめん」

と言いながら、

私を彼の足で五歩先の藤棚へ運んでくれました。


そこはつる草が無駄に生長していて、

太い茎や大きな葉っぱで自然の屋根が出来上がっていました。



「これでちょっとは大丈夫だろ。このタオルはあげるよ。じゃあ、な」



彼は

私を少しでも心細くさせまいと気遣うように、

幾度かこちらを振り返りながら公園を去ってゆきました。



―こんな人、いるんだ……


私はこの日、

ささやかでしたが

初めて人の温もりに触れました。
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