To.カノンを奏でる君
「な、何よ。何でいきなり笑うの?」

「あはは、ごめんごめん。やーっぱ好きだわ、花音」


 低い声で言われ、花音は顔を真っ赤にした。

 幼なじみとは言え、出会ってから今日までの十二年間、低い声で好きだなんて言われた事はない。


「朝早くに押しかけて冗談なんて言ってると怒るよ?!」


 さすがに、顔を真っ赤にしている花音を見ると少しばかりやり過ぎたと後悔した。

 ここは素直に謝った方がいいと踏んだ直樹は、落ち込んだ様子を見せて俯く。


「ごめん」


 一方、素直に謝られた花音は驚きを隠せずに眉間に皺を寄せた。

 今日の直樹はイマイチよく分からない。


「別にいいけど…」


 渋々といった感じで答えると、直樹は顔を上げてにんまり笑った。


「じゃ、行くよな?」


 有無を言わせない口調で珍しく強気の直樹に圧された花音は、深い溜め息を吐いた。

 どうやら今回ばかりは勝ち目はないと、花音は感じ取ったのだ。


 ならば何を言っても無駄。


「ちょっと待ってて。着替えて来るから」


 不本意なのだというような口調で踵を返した花音の後ろ姿を、直樹は微笑みながら見送った。


 雨が降るだろうと予測されていた天気は、予報士を欺くかのように晴れ間が広がった。

 直樹はそれを眩しそうに見上げ、すぐに視線を戻した。


 触れたズボンのポケットには、丸く硬いリングが入っている。

 直樹はそのリングの形を確かめながら、速まる鼓動を押さえた。


 今日、花音をデートに誘ったのにはちゃんと意味がある。それが成就するかどうかは予測すら出来ない。 
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