To.カノンを奏でる君
(ここにいていいのは俺じゃない)


 祥多なのだという事くらい、分かっている。

 それでも、好きになった彼女は愛しくて。友達の関係では満足出来ない自分がいる。


 いつか彼女は祥多のモノになるだろう。それを傍観していられる自信を、彼は持ち合わせていなかった。


(ならいっそ、離れようか)


 そうすれば楽になれる。花音とは他人になって、大学で別の、話の合う人を見つければいい──そう、何度も思って来た。


「ねぇねぇ、昨日夜中にやってたショパン名曲集、観た?」

「……観た」

「すっごく良かったよねぇ! 一時間丸々見入っちゃった」


 こんなにも話の合う人を、花音以外に見つける事が出来るだろうか。

 正直に言って、それは難しいと思った。

 音楽やピアノに対する思いも似たものを抱いて、好きな作曲家もほぼ同じで、人柄も良い。

 そんな花音のような人物を見つける事は、不可能ではなくとも本当に至難の技だ。


「大好きな篠山さんが出るから絶対観なきゃ~て、頑張って起きたんだー」

「俺も。あんな澄みきって一点の曇りもない音出せんのって本当に神業だよな。さすが篠山怜って感じ」

「うんうん! 分かってるねぇ~、早河君」


 ほら、また。誰の演奏を聴いても大体同じ感想を持つ。

 こんなにも誰かと感想や意見を共有し合うのが楽しいと思えるのは、花音だけだ。

 そう思い、早河はまた、葛藤の深みへと落ちて行った。





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