To.カノンを奏でる君
(……ん?)


 そのトートバッグの中に、白い封筒が入っている。

 悪いと思いながらも好奇心には勝てず、封筒に手を伸ばした。宛名も差出人の名前もない。古い物なのか、若干黄ばんでいた。


(もしかして……俺が花音に宛てた手紙?)


 直感的にそう感じた祥多は、中の便箋を取り出した。

 ごくりと唾を呑み、綴られた言葉を読み始めた。


『俺はお前に何をしてやれるだろうか。』


 そんな問いかけから始まった手紙を、祥多は貪るようにして読んだ。


 たくさんの思いが込められていた。

 悔しさ、苦しさ、悲しさ、切なさ、愛しさ──。

 全ての思いが、まるで散らばったもの達が主の元へ戻って来るような不思議な感じが、祥多を取り込んだ。


『もっとカノンを弾きたかった。花音とピアノを弾きたかった。
 出来る事ならもう一度、一緒に弾きたかった。

 花音のピアノの音が、俺の中で一番最高で好きだった。

 ほんとにほんとーに、ありがとな、花音』


「───っ!!」


 大きな衝撃と共に、たくさんの映像が頭の中に流れ込んで来た。


 花音と名乗り、笑った少女。本当は男だと言った女装した少年。

 泣きながら謝られ、虚しくも嬉しく思った自分。交わした約束。

 部屋を間違えて入って来た少女。

 好きで好きで堪らなかった少女を抱き締めた時の彼女の温もり。久し振りに見た涙。そして笑顔。


「思い……出した……」


(そうだ。俺は──)


 自らの思いを認(したた)めた手紙によって、失くした記憶を取り戻した祥多。
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