To.カノンを奏でる君
 しかし、落ち着いてもいられなかった。


「草薙さん」


 名前を呼ばれて顔を上げると、葉山美香子が笑みを浮かべて立っていた。

 花音は条件反射で身構える。


「花音ちゃんて呼んでもいい?」

「……はい」

「堅いなぁ。同級生なんだからそんな他人行儀やめてよー」

「…………」

「昨日はびっくりしたでしょ? ごめんね、せっかくの幼なじみの水入らずの時間を邪魔して」

「大、丈夫…」

「うちの弟が祥多君の隣の病室でね、部屋間違えたのがきっかけで知り合ったの」

「…そう」

「でさ、花音ちゃんって本当は祥多君と付き合ってるの?」


(………!)


 花音は硬直した。流れですぐに分かる。美香子が言いたい事は、ただ一つだ。

 否と答えれば協力を要請し、釘をさす。しかしその反対の答えであれば宣戦布告。


 冷や汗が頬を伝う。

 釘をさされては困る。今後祥多と関わるなと言われては、花音は大変な思いをするだけではない。

 しかし、嘘を吐くのは嫌だ。

 第一、お互いを好きになる事はやめようと約束した。祥多を好きでいる事自体がその約束を破っている事になるというのに、ここで嘘を吐いて嫉妬を露にするのは好きだと暴露しているようなものだ。

 花音はどうする事も出来ずに黙っていたが、美香子の真剣な表情に良心が勝った。
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