潮騒
やっぱり自嘲気味に言った彼女は、



「あたしホントは、みんなが思ってるような良い子ちゃんじゃないんです。」


「………」


「復讐するために入ったんです、この世界。」


もちろんお金を稼ぐためでもあるんですけどね。


そう言った美雪は瞳を揺らしながら、息を吐いて宙を仰いだ。


復讐なんて単語がひどく不似合いなほど、彼女は泣きそうに震えた唇を噛み締めていた。



「でもそんなことしたって意味ないんじゃないかって、最近は思うようになってきて。」


あたしだってお兄ちゃんを轢いた犯人は、今でも許すことなんて出来ない。


けど、でも、憎しみなんかじゃ何も生まないということはわかるから。



「人を憎むとね、自分もそれに染まっちゃうんだって。」


「………」


「で、いつか般若になっちゃうよって、あたしも昔誰かに言われたんだ。」


般若――2本の角と、大きく裂けた口をもつ鬼女の面で、女性の憤怒と嫉妬を表しているとされている。


あたしの言葉に美雪は、僅かに肩を震わせながら、顔を覆った。



「良くわかんないけどさ、アンタにそういうのは似合わないよ。」


彼女の涙は、初めて見せた弱さだったのかもしれない。


けれど図らずもあたしは、その姿を美しいと思った。



「レンね、いつもはふざけてるけど、あれで結構頼れるし、人のことだってちゃんと考えられるヤツだから。」


頬を濡らし、美雪はただ頷いた。


どんな形にせよ、彼女には幸せになってほしかった。

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