潮騒
仮にもクール・ジョーカーのナンバーワンであるレンが、こんな場所で人目もはばからずに声を荒げている姿なんて、初めて見た。


美雪は振り乱した髪で唇を震わせる。


傍にいるのに、とてもじゃないけどあたしは声なんて掛けられない。



「落ち着けよ!」


「いやっ!」


「良いから落ち着けっつってんだろうが!」


もう一度強く言ったレンの言葉に、彼女はびくりと肩を上げた。


急に力が抜けたように、振り払おうとしていた腕をだらんと地面に向かって落とした美雪は、



「…ごめん、でも聞かないで。」


まるで喧騒に消えてしまいそうなほどか細い声で漏らす。



「言えないの。」


「………」


「こんなこと、絶対に誰にも言えないから。」


それはもしかしたら、美雪の精一杯の虚勢だったのかもしれないけれど、



「俺にも、ルカにも?」


彼女はただ頭を上下させるだけで意志を示す。


レンは悔しそうに拳を作った。


ぽつり、ぽつり、と雨粒が、次第にアスファルトに黒い色をつけ始める。


少しの沈黙の後で息を吐き、顔を上げた彼は、



「とりあえず濡れるから。」

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