潮騒
あたしが顔を向けるより先に、美雪は視線を手元のグラスへと落とした。


彼女は何かを堪えるような瞳になり、



「毎日を精一杯で過ごさなきゃ、生きてる意味なんてないですよ。」


こういう表情をする時の美雪は、いつも悲しそうだ。



「世の中には、生きたいと思いながら死んでいく人だって大勢いるんですから。」


グラスの氷が溶けて、カランと音を鳴らす。


美雪には悪いけれど、お説教なら聞き飽きたし、何よりわかりきっていることなんて今更言われたくない。


お兄ちゃんはあたしを庇わなければ死ななかったかもしれない。


あたしだけが死んでいれば、お兄ちゃんは今、幸せに笑って生きていたかもしれないのに、と。


悔しさの中であたしは、唇を噛み締めた。



「アンタのご立派な精神論に興味はないから。」


と、言った睨んだ瞬間だった。


バチン、と両頬にもたらされた痛み。


美雪はあたしの頬を両手で掴み、



「でも、現実から目を背けてばかりのルカさんには言われたくなんてありません。」


もう逃げるな、と言ってくれたのは、誰だったか。


混濁した意識の中で、消し去ることの出来ないあの人の姿が脳裏をよぎる。


それでも涙の流し方さえ思い出せなかった。



「みんなそれぞれ辛いこと抱えてても頑張ってるのに、ルカさん見てるとイライラするんです。」


なのに、こんなあたしに付き合ってくれる美雪は、きっと心底大馬鹿なのだろう。


心が千切れてしまいそうで、だから謝罪の言葉ひとつ出てこない。

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