潮騒
「それにほら、お酒は本来、みんなでワイワイと楽しく飲むものでしょ。」


先に笑顔を作ってくれたのは、やっぱり彼女の方だった。


美雪はグラスの淵を指でなぞりながら、



「あたし、お兄ちゃんがいるんです。」


急に話し出した彼女に少し驚いた。



「兄も昔、理由もなく今のルカさんみたいに荒れてたことがあって。
けど、あたし何も出来なくて。」


「………」


「だからもしかしたら、罪滅ぼしがしたいだけなのかもしれないんですけど。」


やっぱりいつものように、言ってる意味はさっぱりだ。


けれど、“罪滅ぼしがしたい”と呟いた美雪は、今にも泣き出してしまいそう。


静かなバーで、彼女の吐く息が沈黙に溶けた。



「まぁ、あたしだって人に誇れるような生き方してる自信はないんですけどね。」


皮肉混じりにそう付け加え、



「それより、時間も時間だからもう帰りましょうよ。」


美雪は壁掛け時計を指差した。


嫌だとは言えるはずもない。


仕方がなくも荷物を持ち、ふたり、席を立つ。


けれど、さすがに歩くことさえままならないあたしの腕を取り、



「ホントしょうがないんだからぁ!」


と、美雪は笑った。


本当にもういい加減、こんな毎日はお終いにしなくては。

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