潮騒
帰宅の途につく車内で、鳴ったのはマサキの携帯の着信音だった。


彼はそれのディスプレイを確認し、舌打ち混じりに通話ボタンを押す。



「はい、はい、あぁ、例の件なら問題なく進めてますんで、大丈夫です。」


それから2,3相槌を打った後で、



「そっちはチェンに任せておけば良いっすよ。
了解っす、失礼します。」


仕事か何かだろう、手短にだけ終わった会話。


あたしは煙草の煙を吐き出しながら、窓の外へと視線を投げた。



「ねぇ、どうして情報屋なんかやってるの?」


「情報は金になるし、大袈裟なこと言えば、それで世界が動いたりもする。」


確かに、世界経済や株価の指数も、情報ひとつで簡単に左右されたりするけれど。



「まぁ、俺はそういうのに興味ねぇし、需要があるから供給してるだけ、っつーか?」


「………」


「結局はこんな世界じゃなきゃ生きられねぇんだよ、俺らみてぇな腐った人間は。」


自嘲気味に吐き捨てられた台詞が、漂い消えた。


悲しいことを言わないでほしい。


マサキのことなんて何も知らないけれど、でも未だ繋いだままの手のあたたかさだけは、本物なのに。


なのに、そんなにも色を失ったみたいな瞳を揺らさないでほしい。



「辛い?」


気付けば問うていた。


けれど彼は静かに首を横に振り、もうわかんねぇよ、とだけ呟く。


繰り返される日常の中で麻痺してしまった痛みに蝕まれているのは、みんな同じなのかもしれないね。

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