潮騒
自宅マンションの前まで送ってもらった時には、すっかり朝になってしまっていた。


昇った太陽に照らされて、少しばかり気恥ずかしくもなってしまうのだけれど。



「良いとこ住んでんじゃん。」


彼はマンションを見上げた。


確かに部屋は広めの1LDKタイプで、それがあたしの唯一の贅沢でもある。



「この会社の物件って人気あるらしいし、評判良いって聞くけど。」


「それも何かの情報?」


と、聞いた後で、ちょっと嫌味っぽかったかな、と思った。


マサキは苦笑いを浮かべ、困ったような顔をする。



「ごめん、そういうつもりで言ったんじゃないの。」


わかってるよ、とだけ、彼は言った。


けれどそれ以上の言葉が見つからず、いたたまれなくなって車を降りると、



「なぁ、ルカ。」


呼び止める声に足が止まる。



「今日、無理に付き合わせて悪かったよ。」


無理にだなんて、遠くに行きたいと言ったのはあたしの方なのに。


なのに、どうしてそんな風に言うのだろう。



「じゃあ俺、もう行かなきゃ。」


そして走り去っていく、黒塗りの車。


ありがとう、と言えなかった台詞が、あたしの中にひずみを残す。


朝の陽の下で、上手く処理できない感情だけが、まるで苦みを残して燻っているかのようだ。

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