潮騒
「まさか、マサキを本気で心配してくれるような女が現れるだなんて、あの頃からは想像も出来ねぇな。」


何も言わずにいたあたしに、彼はそう言ってどこか可笑しそうに笑っていた。


嫌味が含まれているようには聞こえないが、それでも良い気分ではない。


無意識に睨んでいたのかもしれない、あたしの視線に気付いた彼は、



「いや俺は、喜ばしいっつーか、羨ましいって意味で言ってんだけどな。」


「………」


「そりゃ6年も経てば成長すんだろうけど、あの馬鹿が一丁前に恋愛なんかしてんだからよ。」


男の人は伏し目がちに笑った。



「マサキのこと、頼むな。」


その顔を見て、やっと聞き覚えのあったこの人のことを思い出した。



『まぁ、要はタカさんがこの街から逃げる手助けしてやった代わりに、堀内組から奪ったこのトカレフをくれた、って感じかな。』


そうだ、チェンさんが言っていた。


確か、エンペラーというチームをまとめ、自分たちの恩人だった、と。


今は生きているのかすらわからないと言っていたが、まさか目の前にいるこの人がそうだとは思わなかった。



「じゃあ俺、そろそろ行くわ。」


そう言ってきびすを返そうとしたタカさんに、



「お手数おかけしました。
またいつでも飲みに来てください。」


「嫌だよ。
俺、こんなうるせぇ店より小汚ぇ居酒屋の方が好きなんだって何度も言ったろ。」


ヨウさんを軽くあしらい、彼はひとり店を後にした。


その胸元からぶら下がるリングが揺れていたのが、妙に印象的だった。

< 380 / 409 >

この作品をシェア

pagetop