潮騒
体を売ってまでお母さんのために金を稼いだところで、いつもそれが報われることなんてない。


でも、こんなことでしかあたしは、自分の存在意義を確認出来ないのだ。


彼女の真っ赤なネイルが、テーブルの上を滑る。



「それじゃあね。」


立ち上がり、背を向けたお母さんを見上げた。


けれど彼女は当然だけど、こちらを振り返ることはない。


惨めで、そして捨てられたような気にさせられる。



「お母さん!」


堪らず呼び止めると、怪訝そうに止まった足。



「何よ?」


「…えっと、気をつけてね。」


けれどそんな言葉が精一杯だった。


あたしを見てよ、必要としてよ、なんてこと、言えるはずもなかったから。



「ごめんなさい。」


顔を俯かせると、反射的に漏れた台詞。


お母さんは心底面倒くさそうに舌打ちを吐き捨て、再びこちらに背を向けた。


カツ、カツ、カツ、と、遠くなっていくヒールの音。


どうしようもない感情に支配されながら、脱力するように椅子に腰を降ろし、息を吐いた。


こんな扱いを受けながらも、まだあたしは、母親の愛情というものを求めている。


もう小さな子供でもないというのに。


なのにどうして、あの頃の記憶から抜け出せないのか。

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