きみとぼくの、失われた時間


と。



「来れない? 急過ぎるわ、聡。再来週の日曜には顔を見せに来るって言っていたじゃない」



ドスドスと喧(かまびす)しい足音が聞こえてくる。母さんの声だ。

何処となく焦ったような声音は15年前の声とまったく変わっていないように思える。

声に老けを感じられない。

「お父さんも楽しみにしていたのよ」

貴方や千恵子さん、孫の顔を見るの、心待ちにしていたのに。

落胆交じりの声、窓辺に立つ人気に俺は咄嗟に身を隠そうと思ったけど隠す場所がない。

周辺にあるものといえば植木鉢や物干し竿くらいだ。

 
けどレースカーテン向こうの母さんは気付かない。俺の姿は見えないようだ。

 
溜息をついて、そうっと相槌を打っている。元気のない萎んだ声に俺はなんだか胸を痛めてしまった。

母さんが窓辺から離れた頃合を見計らい、意を決した俺はスニーカーを脱いで植木鉢の陰に隠すと、窓から我が家に侵入。


1ヶ月ぶり、実質15年ぶりの帰宅を果たした。


居間に入ってまず目に付いたのは最新型のテレビの存在だ。
 

大きくて綺麗な液晶画面に見惚れていたわけじゃない。

俺が注目したのはテレビ台の下に置いてある写真の数々。

スペースに溢れんばかりの写真立てが敷き詰められている。

しゃがんでそれを手に取った。


これ、俺の写真だ。


中学に入学した時の写真。両親と写っている写真は、兄貴が写してくれたものだった。

他の写真にも目を向ける。

どれもこれも俺、そして兄貴の写真ばかりだ。


小学校の写真から、家族旅行の写真から、サッカーを持っている兄弟の写真まで。


母さんが飾ったのかな。

こんな風に写真を飾る性格じゃないのに。
 
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