きみとぼくの、失われた時間


それにまだ、お父さんとお母さんのことを許していないから。


あの日以来、聡は人が変わったように部屋に引き篭もっちゃって、ろくに家族と食事もしなくなったわ。親と殆ど口もきかなくなったし。


今なら分かるけど、あの子も私達の離婚の事で相当気に掛けていたのよね。

できることなら家族がバラバラにならないようにって、成績も上げて、家事もよく手伝ってくれて。

なにより兄弟離れ離れにはなりたくなかったみたいなの。


でもこんなカタチで離れ離れになってしまって。

追い撃ちを掛けるように、私達があの子の心を裏切ってしまった。心を閉ざすのも無理はないわね。
 

「それでもいいの。ただ元気な顔を見せてくれたら、それで。あの子に会おうと思えば、いつだって元気な顔、見れるんだけど」
 

遊びに行ったら嫌がられちゃうから。

肩落とす母さんは、「貴方は」何処にいるのかしら、次男の行方を写真に尋ねる。

俺は此処にいるよ。
叫びたかったけど、きっと今の俺じゃ母さんに声は届かない。声さえも届かない。
 

「健と最後に交わした会話、なんだったかしらね。貴方にはいつも怒ってばかりだったから」

 
些細な、理不尽なことで怒ってばかり。

だから神様が可哀想だって思って健を取っちゃったのかもしれないわね。

今、思い返せば、貴方が離婚に対して気遣いを多々見せてくれていたのにね。

こんなお母さんでごめんね。


嗚呼、でも、許されるなら。許されるなら。



「もう一度…、もう一度貴方の顔を見たいわ。健。貴方にもう一度」



お母さん、と呼ばれたい。
 

切ない願いが俺の胸に届いて、やがて一つの雫が頬に伝っていく。

それが契機になり、止め処なく粒が落ちた。俺の目から感情の雨粒が落ちた。
 
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