きみとぼくの、失われた時間


「朝食が冷えるだろ」


文句垂れる俺は、大人のヨユーを見せ付けてくれる同級生の頭に手を伸ばし、髪を撫ぜる。

その手は透けていた。
向こう側までハッキリと見える。

絹糸のようにサラサラな髪を触っているって感触はするけど、彼女の体温は感じない。

残念だ。
こんなにも距離は近いのに。

「あんた、冷たいわね。血、通ってる?」
 
皮肉りながら体を擦ってくれる秋本に、「今は生霊だからな」血が通わなくなったのかも、俺は微苦笑で返す。

視線がかち合った。自然と額を合わせて、今しばらく抱擁。

幾ら体温を融解させようとしても、俺には一抹もぬくもりが伝わってこなかった。

本当に残念だ。
もうできないことだろうに。
 

嗚呼、きっと取り巻く俺の雰囲気で彼女も気付いているだろう。

今日がその日なんだってことが。


だけど何も言わない。彼女なりの気遣いなんだと思う。

 
起床して朝食を取る頃には、飯が冷え切ってしまっていた。

とはいえ、俺には物の温もりが分からないから、全部冷えているように感じている。

いや、冷えも分からないかも。
温度の分からない食事を取るってのも、なんとも味気ないものだ。
 

秋本はテレビを見る振りをして、チラチラと俺に視線を投げていた。


完全に半透明化している居候人に思う点があったんだろう。

急に朝食を食ったらシャワーでも浴びて来いと命令を下してきた。


なんでシャワー、俺、昨日風呂に入ったのに。

疑念は抱けど、命令には従うことにする。


なんとなく彼女だけの時間が欲しいんだって察してしまったから。


飯を食い終わった俺は学ランを持って浴室に足を踏み入れる。

鏡を覗き込むと、そこには俺が映っていた。


だけどそれは今の俺じゃない。

苦笑いを零し鏡から目を放す俺は15分程度、時間を掛けてシャワーを浴びる。

もしかしたら20分だったかもしれない。
頭のてっぺんから爪先まで綺麗さっぱりに汚れを落として入浴を終える。
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