透明水彩

まず最初に異変に気がついたのは、玄関を開けた直後のこと。

目前に広がる、まるで荒らされたかのように物が散乱した廊下の光景。それだけでもあたしの思考を混乱させるのには十分だったのに、刹那、独特の生臭いような鉄臭い匂いが鼻孔を強く刺激した。

その匂いの元が何か、なんて、考えたところで到底わかるはずもなかったけれど。

一瞬頭を過ぎった答えがあまりにも非現実的で、あたしには無縁のようにも思えて。あまりにも突飛な自分自身の思考に苦笑した。


「ただい…ま?」


でも、何とか絞り出すように発した言葉には、返事はおろか、物音一つ返ってくることはなかった。それどころか、家からは人がいる気配さえも感じられない。

鍵も開けっ放しで外出…?

そう楽観的に考えてみたけれど、お母さんの性格上、それはありえないだろうと思って、さらに不安が煽られた。
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