透明水彩
…――お母さん?
まだ犯人が家にいるかもしれない、そんなことを考える余裕なんて今のあたしにはない。
ただ、未だ姿が見えない母の身を今さらながら案じ、物音がした部屋へと駆け出す。
「お母さん…っ!」
そして、バンッ、と大きな音を立てて開けたドア。と同時に、視界に広がった赤…。どうやらさっきの物音は、ただ窓際の棚から小物入れが落ちただけだったらしい。
何故か開け放たれていた窓から吹き込む風が、気持ち悪いほど生温くあたしの頬を撫でた。それとは逆に、時折身体にかかる雨は異様な程に冷たい。
けれどそんなことよりも、今現在あたしの目前に広がる光景が、リビングのものと大差なかったことに愕然とした。
散乱する物、飛び散る血、床にできた血だまり、その中心にいるのはお母さん……
…――何で、どうして。
どうして、こんなことになってるの。
そんな疑問が渦巻く中、リビングの壁時計が午後8時を告げる。この場にはあまりにも不釣り合いな明るい音楽が、雨音に混じりながらただ虚しく響いた。