ガリ勉くんに愛の手を
―審査員控室のある5階

化粧室から出てきたちあきは控室へ戻ろうと歩きだした。

その背後から誰かがいきなりちあきの口を手でふさぎ、体をつかんで階段までひきずり込んでいく。

(だ、誰?!何をするの?!)

声が出ない。

ちあきは身の危険を感じ、必死で助けを呼ぼうと抵抗する。

その男はそんなちあきの耳元で小さくつぶやいた。

「しっ!静かに。」

(その声は?!)

男の手から力が抜け、ちあきをゆっくりと自分の方へ振り向かせた。

「健二君?」

次の言葉を待たずに健二はちあきの唇を強引に奪って抱きしめた。

「会いたかった。」

健二の甘いささやきに思わず我を忘れてしまいそうになるちあき。

「びっくりさせないで。
こんなところを誰かに見られたら大変な事になるわ。」

言葉ではそう言いつつ、ちあきは健二に身を任せていた。

出場者と審査員が密接な関係にある。

こんな事が知れたら大スキャンダルになるだろう。

「別に俺は構わないけど。
ちあきさんの立場が悪くなるだけだ。」

「わかってたら早く戻りなさい。
もうすぐ最終審査が始まるわ。」

健二はちあきの体を自由にしてあげた。

「わかってるよ。
ただ一つだけ伝えておこうと思って。」

「何?」

「今夜8時に例のホテルで待ってるから。」

「今夜?」

健二はちあきの返事も聞かず、階段をすばやく駆け降りて行った。

その後ろ姿を見つめるちあき。

(健二君、今日の優勝を二人で祝おうとでも言いたかったの?
もし、これがなかったら…)

仕事とプライベートは別にしたきたつもりだった。

(でも、あなたが本気なら私は…)

少しだけ健二の強引さに心を揺さぶられていた。
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