ガリ勉くんに愛の手を
部屋を出たところであゆ美とばったり出くわしてしまった。

(しまった、どうしよう…)

あゆ美は僕の慌てた様子を見て、すぐに事情がわかったようだ。

「とりあえず、部屋に入りましょう。」

笑顔でそう言うと、僕の体を無理やり押し込んだ。

部屋に入るなりあゆ美の顔は鬼の形相へと変化した。

「勉君!私の目を盗んで外出するつもりだったんでしょ?!」

興奮しているあゆ美を見ると、言い訳できなくなかった。

「そうなのね?!もしかして…あの店に行こうとしたの?
彼女に会いに?」

ここまで見抜かれたんじゃ正直に言うしかない。

「あゆ美さん、本当にすみません!
どうしても今日、彼女に会いたいんです。」

あゆ美は少し肩を落としてゆっくりと言葉を続けた。

「あなたの気持ちはわかるけど、今日はだめ。
明日は大切な撮影があるの。だからあと一日だけ我慢してちょうだい。」

そんな事言われなくても十分わかっているけど、もう止められないんだ。

僕は今まであゆ美に逆らった事は一度もない。

でも今回だけはゆずれない。

「勉君!子供みたいにダダをこねないで。」

「無茶を言っている事はわかってます。
でも、彼女の顔を一目見るだけでいいんです。
そうすれば明日うまくいきそうな気がして…」

あゆ美は困り果てた末、置き時計に目をやった。

「ここからタクシーを乗って往復20分…
いいわ、行ってらっしゃい。
その代わり30分で帰って来るのよ。」

「あゆ美さん…行ってもいいんですか?」

「どうせ私が止めても脱走するつもりなんでしょ?」

「はい!い、いえ、その…
ありがとうございます!」

僕の心は佐奈に会えるうれしさで舞い上がっていた。

「絶対30分で帰ってきなさいよ。
ちあきにバレたら大変な事になるんだからね!
約束よ。」

「はい、絶対約束は守ります!」

僕は許してくれたあゆ美に感謝しながら部屋を飛び出した。

その姿を見送ったあゆ美は、
「私ってどうしてこう甘いのかしら。」

そう愚痴をもらし、大きくため息をついた。
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