ガリ勉くんに愛の手を
「お客さん、ここらへんでいいの？」

考えにふける時間もないぐらいすぐに到着した。

「あ、はい。その路地の入口で止めてください。」

ワンメーターで着く距離に少ないお金を払うのも申し訳なく思う。

タクシーを降りてすぐ腕時計を見た。

（ホテルを出てから８分。予定通りだ。急ごう。）

小走りで路地を通りぬけて店に向かった。

（佐奈さん、今会いに行きますよ！）

時間が余ればそれだけ佐奈を見ている時間が長くなる。

僕はあゆ美との約束を守る為に時間を気にしながら急いで行った。

（【たこ萬】だ。）

ここをやめてからまだ１ヶ月しか経っていないのになぜか遠い昔を思い出すように懐かしさがこみ上げてくる。

僕は気付かれないように店の前をかがみながら素通りして裏口へと回り込んだ。

そして半分開いた窓から中の様子を覗いてみる。

（佐奈さん、いるかな？）
祈る思いで中の様子をうかがった。

しばらくすると、人影らしきものが動いて…

（あっ！）

佐奈がテーブルを拭いている姿がちゃんと見えた。

（佐奈さん…）

一瞬、声を出してしまいそうになって慌てて口を手でふさいだ。

佐奈はまったく気付いていないようで手を止める事はなかった。

佐奈の顔を見るのは本当に久しぶりだ。

最後に会ったのはあの初デートで行った映画の時。

（佐奈さん、全然変わっていない。）

ここへ戻ってきてから一生懸命がんばっていたんだ。

こうやって顔を見ただけで十分幸せなのに…

なぜか手を伸ばしたくなる。
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