ガリ勉くんに愛の手を
健二はそのまま奥の座敷に進み、靴を脱いで座り込んだ。

「佐奈、焼酎くれるか?」

佐奈は健二が入って来た時からだいぶお酒を飲んでいる事に気づいていた。

そしてコップに大量の水を注ぎ、テーブルに置いた。

「ん?!これは水か?焼酎注文したんやで。」

「健二、今日はもうやめといた方がいい。
かなり飲んで来たんやろ?」

佐奈は健二の体を気遣うようにそう言った。

僕は二人の事が気になってその場を離れる事ができず、ここから中の様子を少しだけ見守る事にした。

健二はそんな佐奈の言う事を聞かず立ち上がり自分で棚に置いてある焼酎を取り出した。

「健二、それはお客さんのお酒や。勝手な事せんといて。」

佐奈は後ろから健二を止めようとした。

「どけ、お前が入れてくれへんから俺が取っただけや。」

健二は佐奈の腕を振り払い座敷に戻ってそれをコップに注いで飲み始めた。

佐奈はそれでも健二を止めようと必死で腕にしがみついた。

「健二、どないしたん?今日の健二はおかしい。
こんな事する人違うやん!」

佐奈のその一言で健二の手がピタリと止まった。

「フッ、フフッ
佐奈、俺ってどんな人間やねん?」

健二の言葉に戸惑う佐奈。

「いつも自信過剰で強くてたくましい男。
そう思ってたんか?」

(健二?)

健二は佐奈の顔をじっと見つめながら急に寂しそうな表情を見せた。

「佐奈、俺も弱いとこあるんやで。
目標を失って自信をなくして、みんなから笑われて逃げてきたんや。」

あのオーディションの事を言っているんだ。

そして健二は今にも泣きそうな顔をしながらそっと手を伸ばし、佐奈の腕をつかんだ。
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