恋した鬼姫
そんな事とは、露知らずセラは未だかと虎を待ち続けていた。

日も暮れてきた頃、セラに近づく足音が聞こえた。

セラは、虎だと思い振り向くと侍が一人立っていた。

セラは、慌てて逃げようとしたその時、
「待て。セラと言うのは、お前か?」

セラは、立ち止まり振り向いた。
侍の手には、白い紙に包まれた髪の毛の束が握られていた。

侍は、セラに近づくと、それを渡した。
「虎と言う男は、処刑された。俺は、最後の言葉をお前に伝えると約束した。」

虎の髪の毛を持ったまま、セラの手が震えた。


「セラ、今日から俺の嫁だ。それが最後の言葉だった。お前に惚れているとも言っていた。」

セラは、それを聞くなり虎の髪の束を愛しそうに抱き抱え、泣き崩れながら座り込んだ。
「虎様!虎様!」セラは、もう戻って来ない虎を呼び続けた。



侍は、あまりにも不敏なセラを見て言った。
「悲しんでいる暇はないぞ!殿様がお前を探している。ここにいては、すぐに見つかる。逃げるんだ。」

侍がセラを逃がそうとした瞬間、侍の背中に矢が突き刺さった。
侍は、その場に倒れた。

セラは驚き、矢が飛んで来た方を見ると、馬に乗った殿様と弓矢を持った家来達がいた。

セラは、後退りをして動いた途端、セラの足元の近くに矢が飛んできた。


殿様は大声を出し、セラに言った。
「会いたかったぞ!いくら待っても男は来ぬ!わしの所へ来れば、命を助けてやる!だが、逃げようとすれば、数本の矢がお前に向けて飛んでくるだろう!さぁ、わしの元へくるのだ!」

殿様は、自信満々にセラが自分の元へ来ると信じていた。



しかし、セラは黙ったまま海の方を見つめた。

そして、殿様の顔も見ずにセラは言った。
「私は、もう虎様の嫁です。この体に触れていいのは虎様だけ。…あなたには指一本、触れさせません。」
セラは、そう言いながらどんどん海へと歩き進み沈んでいった。

殿様と家来達は、予想もつかなかったセラの行動に、呆然と見ている事しか出来なかった。
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