償いノ真夏─Lost Child─


──長野県某所、夜叉淵村(ヤシャフチムラ)


深い緑と渓谷に囲まれ、外界と隔たれたこの村は、まるで時が止まったようだ。


「──異界だ」


タクシーに揺られ、窓に頬杖をつきながら、真郷(マサト)は呟いた。

東京からやって来た彼の目には、この村はそう映る。

両親の離婚と共に、母の実家──それもこんな田舎にに来ようとは、彼にも予想できない事態だった。

その上、苗字まで奪われた自分はまるで、別人になったように感じる。


「今日からおばあちゃんの家でお世話になるのよ。真郷も昔はよく遊びに来てたから、すぐ慣れるわよね」


平然と、母は言った。
長い髪を風にうねらせ、首筋から甘ったるい雌を匂わせる。

誰のせいで。

真郷は何とか言葉を飲み込んで、静かに頷いた。


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