記憶×喪失
「大丈夫ですか」
しゃくりあげる声が聞こえなくなって、私はそっと彼女に話しかけた。
彼女は小さくこくりと頷いてしゃがみ込んでいた体を立たせた。
「ごめんね、驚いちゃったよね」
すっと私を見て謝罪する彼女の顔は整っていて、美しい。
「いえ、平気です」
にこ、と小さく笑って返事を返すと、彼女は穏やかな笑みを浮かべた。

「自分がなぜここにいるのかはわかる?」
そう聞かれて、嘘をつく事も出来ず首を横に振る。
だってここで彼女を安心させるために首を縦に振ったとする。その後が苦しくなるだけだ。
だから、仕方なく、彼女の哀しげな笑みを耐えるしかなかった。
「じゃあ、自分の身の上は?」
これも分からない。私が俯くと、それだけで彼女には伝わったようだ。
「…ごめんなさい」
ポロ、と言葉がこぼれた。
私の口から、その言葉が出てきたとき。彼女は私を優しく抱きしめた。
「謝らないで。貴方が無事で本当によかった」
本当に、心の底からそう思っているんだと彼女は強く笑った。少し不安が残っている顔。でも、泣き顔よりずっと彼女に似合う笑顔。
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