Adagio


自覚していたピアノの下手さを指摘されたあの日。

悔しかったけど、それだけだったらここまでやろうと思わなかった。


アタシを動かしたのは、リーチが本気でピアノに向き合い始めたから。

集中して練習する時間が必要だって、一人で練習させてくれって、泣きそうになりながら言ったから。


コンサートホールで、あの演奏を聞かされた時。

こんなに心のこもった演奏があるんだと思った。


リーチは、アタシのピアノの先生みたいなものなんだよ。


「…奏だって、俺の演奏はつまらないって言っただろ」

ぶつくさ呟きながらリーチがケータイを閉じて顔を上げる。


2年前のリーチより、随分かっこよくなったよね。

だからアタシ、こうやって近くにいないと誰かに奪われちゃいそうで心配だよ。


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