Adagio
――性交って言えばわかるのかな、ピアノバカさん。
「……っ!?」
熱い吐息が耳たぶに触れて、反射的に俺は奏と反対側に体を反らす。
一方奏は目の周りを真っ黒にしたまま、余裕綽々の顔で笑っていた。
「もっと簡単に説明した方がいい?アルファベットとかで」
「やめ…っ」
「それとも直接体験しちゃう?」
シャツのボタンを外しに来るその手が妙に手慣れていて、危機感しか覚えない。
普通は抱くはずの高揚なんて、この状況には一ミリも存在しなかった。
大体、女の方が男に襲いかかるってどうなんだ。
肉食女子、草食男子とは言うけれど、それにだって限度があるもので。
そもそも俺たち、さっきまでいろいろ悩んで泣いてたじゃないか。
「やめろ!!!」
勢いを付けて立ちあがると、奏はきょとんとしたまん丸な目で俺を見上げていた。