Adagio


――性交って言えばわかるのかな、ピアノバカさん。


「……っ!?」

熱い吐息が耳たぶに触れて、反射的に俺は奏と反対側に体を反らす。

一方奏は目の周りを真っ黒にしたまま、余裕綽々の顔で笑っていた。

「もっと簡単に説明した方がいい?アルファベットとかで」

「やめ…っ」

「それとも直接体験しちゃう?」


シャツのボタンを外しに来るその手が妙に手慣れていて、危機感しか覚えない。

普通は抱くはずの高揚なんて、この状況には一ミリも存在しなかった。


大体、女の方が男に襲いかかるってどうなんだ。

肉食女子、草食男子とは言うけれど、それにだって限度があるもので。

そもそも俺たち、さっきまでいろいろ悩んで泣いてたじゃないか。



「やめろ!!!」

勢いを付けて立ちあがると、奏はきょとんとしたまん丸な目で俺を見上げていた。


< 74 / 225 >

この作品をシェア

pagetop