もしも願いが二つ叶うなら…
* * *
ケン兄と初めて会ったのは、私が14歳の時。この病院だった。
その頃、ケン兄の存在は――「ボランティアのリハビリメイクさんが来た」――と、病院内でちょっとした噂になっていた。でも当時の私は、“リハビリメイク”という言葉の意味すら知らなかった。
私のように大きな傷を負った人間にとって、“ボランティア”という言葉は、何よりも嫌悪の対象だった。それは健常者の自己満足でしかなく、傷を負った者の心の奥にある傷口を、さらに広げる行為に思えてしまったから。
善意という名の押しつけは、その瞬間に偽善へと変わる。ただの同情に過ぎない。
私は大きな手術を終えたばかりで、酷く傷ついた自分の顔に、深いショックを受けていた。看護師さんに当たり散らし、毎日のように泣いていた。こんな顔で生きるくらいなら、いっそ死んだ方がいい――そう思い詰めるようになっていた。
どうすれば苦しまないで死ねるか。そんなことばかり考えていた。
気づけば、カミソリの刃を左手首に当てていた。こんな醜い顔で生きたくないと思っていたくせに、死にたいと願っていたくせに、その刃を握る右手は震えていた。
死にたいほど苦しいのに、死ねない。
そしてまた、醜く変わり果てた自分の顔を鏡で見ては、「生きる価値なんてない」と思い直す――そんな毎日だった。出口のない暗闇を彷徨っていた。
そんなある日、ケン兄が病室を訪ねてきた。
私は、誰とも話せるような状態じゃなかった。ボランティアという言葉を引っさげてやってきた彼を、正直、迷惑な存在としか受け止められなかった。
それでもケン兄は、私のベッドのそばにある椅子に腰かけ、私が一言も発しない中で、一方的にいろいろな話をし続けた。しかも傷やメイクの話ではなく、ただの世間話。
私は窓の外を見続けながら、一切の反応を示さなかった。彼の存在を拒絶するかのように。
ケン兄は30分ほど一人で喋った後、黙って帰っていった。
やっと諦めてくれた――そう思った。
なのに。
翌日も、ケン兄は現れた。
その日から、ケン兄は毎朝、仕事の前に私の病室を訪ね、30分だけ喋ってから仕事に向かうという、奇妙な日課が始まった。
最初の数週間は、本当に鬱陶しかった。「もう来ないで」と何度も心の中で叫んでいた。
でも、その気持ちは少しずつ、確かに変わっていった。
――この人は、何がしたいんだろう?
――本当に、何かしてあげられるつもりなの?
――こんな毎日、辛くないのかな?
――これは偽善でも同情でもないのかも……。
そう思うようになっていって、いつの間にか私は、ケン兄が来る朝9時を待ちわびていた。
けれど、ある朝。
9時になっても、病室のドアは開かなかった。
この一か月、彼が時間に遅れることなんて一度もなかったのに。
時計の針が無情に進んでいく。
9時半を過ぎても現れない。
――ああ、見捨てられたんだ。
私は、そう思った。
この一か月間、私が口にした言葉といえば、14日目に放った「ウザいから、もう来ないで」という冷たい一言だけだった。
それでも、何も喋らない私のために、ケン兄は一度も嫌な顔を見せず、毎日欠かさず病室に来てくれていた。
時計の針が10時を指す。
……もう来ない。
そう諦めかけた、その瞬間だった。
病室のドアが、ゆっくりと開いた――。
「遅れてごめん!」
ケン兄が息を切らしながら駆け込んできた。
その姿を見た瞬間、私は思わず泣いてしまった。
「どうしたの?」
この時、初めて私は、ケン兄とちゃんと向き合って会話をした。
涙を流しながら、私はゆっくりと、自分の顔に幾重にも巻きつけられていた包帯を外していった。
「こんな私の顔でも……綺麗になれますか?」
左目。
瞼も眼球もすべてをえぐり取られた、醜い私の顔。
だけど――
その私の顔を見ても、ケン兄は、少しも驚かなかった。
「もちろん、綺麗になれるよ」
そう言って、そっと私を抱き締めてくれた。
涙が止まらなかった。
何度も、私の頭を撫でてくれた。
「大丈夫。大丈夫だから……俺に任せて」
その声が、どれほど心強かったか。
「こんなに私の顔は醜いのに……?」
「醜い? どこが? 初めて会った日から、俺にはちゃんと見えてたよ――ユウカの、キラキラと輝いてる左目が」
深い闇の中に差し込んだ、一筋の光。
ずっと求めていた、優しい言葉。
私は声をあげて泣き続けた。
とても、とても温かい――ケン兄の胸の中で。
それから、さらに一か月が過ぎた。
看護師の手で、私の顔に巻かれていた包帯がゆっくりと外される。
左目があった場所にそっと手を当てると、皮膚は綺麗に繋がっていた。
眼球を皮膚ごとえぐり取り、骨と皮だけが残った私の左目。
そこに、骨の輪郭に沿うように皮膚がかぶせられただけの、元の形には程遠い顔。
それでも――。
完全に皮膚が落ち着いたのを確認したケン兄は、そばに置いていたボックスを開けた。
中から取り出したのは、とてもメイク道具とは思えない精巧な器具の数々だった。
「始めよう」
ケン兄のその声とともに、メイクが始まった。
怖かった。
すごく、怖かった。
全身が小刻みに震えていた。
すると、ケン兄は何も言わず、私の手をそっと握ってくれた。
その温もりに包まれた瞬間、さっきまでの震えが、嘘のようにすっと消えてゆく。
私は静かに右目を閉じた。
ケン兄を――信じて。
その作業は、数時間にも及んだ。
頬に、あたたかい手の感触が広がる。
そして、優しい声が耳に届いた。
ゆっくりと右目を開く。
光と闇のあいだに揺れる視界の先――そこには、微笑みを浮かべるケン兄の顔があった。
窓の外を見やると、空はすでに茜色を失い、夜が深まりはじめている。
疲れているはずなのに。
それでも、ケン兄は微笑んでいた。
私の手元に伏せられた小さな手鏡。
それを渡された瞬間、また手が震え始める。
鏡……。
私は、その存在を記憶から消し去りたかった。
病室にある鏡は、すべて壊した。
傷を負う前までは、なんのためらいもなく、そこに映る自分を見ていた。
でも今は違う。
見るのが怖い。
もう――あんな醜い顔なんて、見たくなかった。
そんな私の心を見透かしたかのように、ケン兄の声がやさしく響いた。
「大丈夫」
その一言が、背中をそっと押してくれた。
私は再び目を閉じ、震える手で鏡をゆっくりと表に返した。
――もう二度と見ることはないと思っていた、自分の顔。
そっと右目を開けた瞬間、涙があふれた。
嬉しくて、嬉しくて――
右目から流れ落ちる涙が、止まらなかった。
鏡の中に映っていたのは、特殊メイクで見事に再現された左目。
瞼からまつ毛の一本に至るまで、右目と寸分違わぬ“私の顔”。
そして――そこにあったのは、忘れかけていた“笑顔”の私だった。
「ユウカは、本当に泣き虫だな」
そう言って、ケン兄は私の頭をやさしく撫でた。
「でも、思ってたとおりだよ。笑ってるユウカは、すごく可愛い」
私は笑顔のまま、また涙をこぼした。
「知ってる? “笑顔”よりも綺麗になれるメイクなんて、存在しないんだよ」
そのとき、私は初めて知った。
――一番綺麗な自分になれるメイク。それは、“笑顔”。
だから今、私は毎日を笑顔で過ごしている。
それは、すべてケン兄のおかげ。
私に“笑顔”を取り戻してくれた人。
命を――救ってくれた人。
きっと、それは誰にでもできることじゃない。
もし私がケン兄の立場だったら、最初の1日目で諦めていたと思う。
あんなふうに、誰かのために尽くすなんて、できなかった。
でも、ケン兄は教えてくれた。
諦めなければ、想いは必ず伝わる。
諦めなければ、願いは――必ず、叶う。
* * *
「だから、お姉さんたちも――諦めなければ、きっと想いは伝わるよ」
その言葉は、まっすぐに胸に響いた。
年齢を重ねるたび、経験を積むたびに、余計な知識だけが増えていく。
そのくせ、いつの間にか大切なものを見失っていた。
“想ったって伝わらない”
“願いなんて叶うはずがない”
そんなふうに、勝手に諦めるようになっていた。
幼いころには当たり前のように見えていたものが、今の私にはもう、見えなくなっていた。
願うだけでは叶わない夢。
想うだけでは届かない気持ち。
――でも。
それでも、願っていいんだ。想っていいんだ。
それに、気づかせてくれた。
ユウカちゃん――ありがとう。
彼女は、たくさんの涙を流しながら、それでも笑顔で話してくれた。
ケン君が贈った、あたたかな涙と、やさしい“笑顔”。
「もうすぐ退院なんだ! そしたら、ケン兄とデートするの!」
「ちょっと、それズルい!」
思わず笑ってしまった。
――ああ、こんなふうに心から笑ったのは、いつぶりだろう。
ユウカちゃんの“笑顔”はキラキラと輝いていて、それを見ているだけで、私たちまで“笑顔”になっていく。
まるで、彼女がかつて“笑顔”を失っていたなんて、想像もできないほどに。
ふと気づけば、病室はまるごと“笑顔”で満たされていた。
ケン君のメイクが、彼女の中にあった深い悲しみと、計り知れない苦しみを救ったのだ。
その涙を、喜びの“笑顔”へと変えた。
――メイクって、不思議。
簡単なことじゃない。
だけど、それでも、人をここまで“笑顔”に変えることができるなんて。
ケン君。
人を“笑顔”にする力を持っているあなたなら――
きっと、自分の“笑顔”も、取り戻せる。
私は、あなたの“笑顔”が見たい。
だから――一緒に、取り戻そう。
今度は、私があなたを“笑顔”に変えてみせるから。
ケン兄と初めて会ったのは、私が14歳の時。この病院だった。
その頃、ケン兄の存在は――「ボランティアのリハビリメイクさんが来た」――と、病院内でちょっとした噂になっていた。でも当時の私は、“リハビリメイク”という言葉の意味すら知らなかった。
私のように大きな傷を負った人間にとって、“ボランティア”という言葉は、何よりも嫌悪の対象だった。それは健常者の自己満足でしかなく、傷を負った者の心の奥にある傷口を、さらに広げる行為に思えてしまったから。
善意という名の押しつけは、その瞬間に偽善へと変わる。ただの同情に過ぎない。
私は大きな手術を終えたばかりで、酷く傷ついた自分の顔に、深いショックを受けていた。看護師さんに当たり散らし、毎日のように泣いていた。こんな顔で生きるくらいなら、いっそ死んだ方がいい――そう思い詰めるようになっていた。
どうすれば苦しまないで死ねるか。そんなことばかり考えていた。
気づけば、カミソリの刃を左手首に当てていた。こんな醜い顔で生きたくないと思っていたくせに、死にたいと願っていたくせに、その刃を握る右手は震えていた。
死にたいほど苦しいのに、死ねない。
そしてまた、醜く変わり果てた自分の顔を鏡で見ては、「生きる価値なんてない」と思い直す――そんな毎日だった。出口のない暗闇を彷徨っていた。
そんなある日、ケン兄が病室を訪ねてきた。
私は、誰とも話せるような状態じゃなかった。ボランティアという言葉を引っさげてやってきた彼を、正直、迷惑な存在としか受け止められなかった。
それでもケン兄は、私のベッドのそばにある椅子に腰かけ、私が一言も発しない中で、一方的にいろいろな話をし続けた。しかも傷やメイクの話ではなく、ただの世間話。
私は窓の外を見続けながら、一切の反応を示さなかった。彼の存在を拒絶するかのように。
ケン兄は30分ほど一人で喋った後、黙って帰っていった。
やっと諦めてくれた――そう思った。
なのに。
翌日も、ケン兄は現れた。
その日から、ケン兄は毎朝、仕事の前に私の病室を訪ね、30分だけ喋ってから仕事に向かうという、奇妙な日課が始まった。
最初の数週間は、本当に鬱陶しかった。「もう来ないで」と何度も心の中で叫んでいた。
でも、その気持ちは少しずつ、確かに変わっていった。
――この人は、何がしたいんだろう?
――本当に、何かしてあげられるつもりなの?
――こんな毎日、辛くないのかな?
――これは偽善でも同情でもないのかも……。
そう思うようになっていって、いつの間にか私は、ケン兄が来る朝9時を待ちわびていた。
けれど、ある朝。
9時になっても、病室のドアは開かなかった。
この一か月、彼が時間に遅れることなんて一度もなかったのに。
時計の針が無情に進んでいく。
9時半を過ぎても現れない。
――ああ、見捨てられたんだ。
私は、そう思った。
この一か月間、私が口にした言葉といえば、14日目に放った「ウザいから、もう来ないで」という冷たい一言だけだった。
それでも、何も喋らない私のために、ケン兄は一度も嫌な顔を見せず、毎日欠かさず病室に来てくれていた。
時計の針が10時を指す。
……もう来ない。
そう諦めかけた、その瞬間だった。
病室のドアが、ゆっくりと開いた――。
「遅れてごめん!」
ケン兄が息を切らしながら駆け込んできた。
その姿を見た瞬間、私は思わず泣いてしまった。
「どうしたの?」
この時、初めて私は、ケン兄とちゃんと向き合って会話をした。
涙を流しながら、私はゆっくりと、自分の顔に幾重にも巻きつけられていた包帯を外していった。
「こんな私の顔でも……綺麗になれますか?」
左目。
瞼も眼球もすべてをえぐり取られた、醜い私の顔。
だけど――
その私の顔を見ても、ケン兄は、少しも驚かなかった。
「もちろん、綺麗になれるよ」
そう言って、そっと私を抱き締めてくれた。
涙が止まらなかった。
何度も、私の頭を撫でてくれた。
「大丈夫。大丈夫だから……俺に任せて」
その声が、どれほど心強かったか。
「こんなに私の顔は醜いのに……?」
「醜い? どこが? 初めて会った日から、俺にはちゃんと見えてたよ――ユウカの、キラキラと輝いてる左目が」
深い闇の中に差し込んだ、一筋の光。
ずっと求めていた、優しい言葉。
私は声をあげて泣き続けた。
とても、とても温かい――ケン兄の胸の中で。
それから、さらに一か月が過ぎた。
看護師の手で、私の顔に巻かれていた包帯がゆっくりと外される。
左目があった場所にそっと手を当てると、皮膚は綺麗に繋がっていた。
眼球を皮膚ごとえぐり取り、骨と皮だけが残った私の左目。
そこに、骨の輪郭に沿うように皮膚がかぶせられただけの、元の形には程遠い顔。
それでも――。
完全に皮膚が落ち着いたのを確認したケン兄は、そばに置いていたボックスを開けた。
中から取り出したのは、とてもメイク道具とは思えない精巧な器具の数々だった。
「始めよう」
ケン兄のその声とともに、メイクが始まった。
怖かった。
すごく、怖かった。
全身が小刻みに震えていた。
すると、ケン兄は何も言わず、私の手をそっと握ってくれた。
その温もりに包まれた瞬間、さっきまでの震えが、嘘のようにすっと消えてゆく。
私は静かに右目を閉じた。
ケン兄を――信じて。
その作業は、数時間にも及んだ。
頬に、あたたかい手の感触が広がる。
そして、優しい声が耳に届いた。
ゆっくりと右目を開く。
光と闇のあいだに揺れる視界の先――そこには、微笑みを浮かべるケン兄の顔があった。
窓の外を見やると、空はすでに茜色を失い、夜が深まりはじめている。
疲れているはずなのに。
それでも、ケン兄は微笑んでいた。
私の手元に伏せられた小さな手鏡。
それを渡された瞬間、また手が震え始める。
鏡……。
私は、その存在を記憶から消し去りたかった。
病室にある鏡は、すべて壊した。
傷を負う前までは、なんのためらいもなく、そこに映る自分を見ていた。
でも今は違う。
見るのが怖い。
もう――あんな醜い顔なんて、見たくなかった。
そんな私の心を見透かしたかのように、ケン兄の声がやさしく響いた。
「大丈夫」
その一言が、背中をそっと押してくれた。
私は再び目を閉じ、震える手で鏡をゆっくりと表に返した。
――もう二度と見ることはないと思っていた、自分の顔。
そっと右目を開けた瞬間、涙があふれた。
嬉しくて、嬉しくて――
右目から流れ落ちる涙が、止まらなかった。
鏡の中に映っていたのは、特殊メイクで見事に再現された左目。
瞼からまつ毛の一本に至るまで、右目と寸分違わぬ“私の顔”。
そして――そこにあったのは、忘れかけていた“笑顔”の私だった。
「ユウカは、本当に泣き虫だな」
そう言って、ケン兄は私の頭をやさしく撫でた。
「でも、思ってたとおりだよ。笑ってるユウカは、すごく可愛い」
私は笑顔のまま、また涙をこぼした。
「知ってる? “笑顔”よりも綺麗になれるメイクなんて、存在しないんだよ」
そのとき、私は初めて知った。
――一番綺麗な自分になれるメイク。それは、“笑顔”。
だから今、私は毎日を笑顔で過ごしている。
それは、すべてケン兄のおかげ。
私に“笑顔”を取り戻してくれた人。
命を――救ってくれた人。
きっと、それは誰にでもできることじゃない。
もし私がケン兄の立場だったら、最初の1日目で諦めていたと思う。
あんなふうに、誰かのために尽くすなんて、できなかった。
でも、ケン兄は教えてくれた。
諦めなければ、想いは必ず伝わる。
諦めなければ、願いは――必ず、叶う。
* * *
「だから、お姉さんたちも――諦めなければ、きっと想いは伝わるよ」
その言葉は、まっすぐに胸に響いた。
年齢を重ねるたび、経験を積むたびに、余計な知識だけが増えていく。
そのくせ、いつの間にか大切なものを見失っていた。
“想ったって伝わらない”
“願いなんて叶うはずがない”
そんなふうに、勝手に諦めるようになっていた。
幼いころには当たり前のように見えていたものが、今の私にはもう、見えなくなっていた。
願うだけでは叶わない夢。
想うだけでは届かない気持ち。
――でも。
それでも、願っていいんだ。想っていいんだ。
それに、気づかせてくれた。
ユウカちゃん――ありがとう。
彼女は、たくさんの涙を流しながら、それでも笑顔で話してくれた。
ケン君が贈った、あたたかな涙と、やさしい“笑顔”。
「もうすぐ退院なんだ! そしたら、ケン兄とデートするの!」
「ちょっと、それズルい!」
思わず笑ってしまった。
――ああ、こんなふうに心から笑ったのは、いつぶりだろう。
ユウカちゃんの“笑顔”はキラキラと輝いていて、それを見ているだけで、私たちまで“笑顔”になっていく。
まるで、彼女がかつて“笑顔”を失っていたなんて、想像もできないほどに。
ふと気づけば、病室はまるごと“笑顔”で満たされていた。
ケン君のメイクが、彼女の中にあった深い悲しみと、計り知れない苦しみを救ったのだ。
その涙を、喜びの“笑顔”へと変えた。
――メイクって、不思議。
簡単なことじゃない。
だけど、それでも、人をここまで“笑顔”に変えることができるなんて。
ケン君。
人を“笑顔”にする力を持っているあなたなら――
きっと、自分の“笑顔”も、取り戻せる。
私は、あなたの“笑顔”が見たい。
だから――一緒に、取り戻そう。
今度は、私があなたを“笑顔”に変えてみせるから。