スピカ
 もう、最悪だ。こんな所で良平に会いたくなかった。いや、違う。出来る事なら、2度と会いたくなかった。

どうして、こんなに苦しいのだろう。
1粒涙を零すと、もうどうにもこうにも止まらない。滅多に泣かないあたしには、上手く泣く方法なんて分からないのに。鳴咽を我慢するだけで、精一杯だ。

「うっ、……っ」

惨めだ、こんな姿。
抱き締めた肩が軋んで痛い。

「雅ちゃん」

何なのよ。
もう聞きたくないのに。あたしの名前なんて。

「雅ちゃん」

聞きたくない。
聞きたくない。
聞きたくない。


「もうっ、放っといてよ……っ!」

同情なんか欲しくない。
誰にも。誰からも。


と、脳が揺れた。いや、脳じゃない。支えていた軸が崩され、身体ごと揺れたんだ。
バランスを失ったあたしは、崩れ落ちるかのように床に座り込んだ。

視界は真っ暗で、何だか吸い込まれてしまいそう。嫌いな2種類の匂いが、涙と混ざり合って嗅覚を刺激する。
言葉もなしに、固い腕があたしを抱き寄せた。

いつもみたいに拒否なんて出来なくて。
今のあたしは、弱くて惨めで、そんな余裕さえなかったんだ。縋るように、その痩身の胸板に身体を委ねた。

それが誰であろうと構わなかったんだ。きっと。

「……っ、」

黒い服に、涙が染み込んでいくのが分かった。そんな事はお構いなしに涙は頬へ、衣服へ、伝っていく。

「……大丈夫、一緒にいてあげるから」

噛み締めた唇がじんと痛む。
今、唇を緩めてしまったら、きっと止まらなくなる。涙も。弱さも。全部、全部。

皺の出来た服を強く握り締めると、それに応えるかのように、温かい腕が肩を優しく包んだ。
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