スピカ
「ちょっと」

わざと無愛想な声を出す。踏み付けられた階段が、ぎぃ、と小さく音を立てた。

「ついてこないでくれません?」

「だって暇だもん」

知るかよ。ああ、欝陶しい。
部屋のドアを開けると、当たり前のように続いて入って来た。

「もう、何なの。ストーカー?」

イライラして後ろに視線を向ける。楸さんは驚いたような顔で口を噤んだ。驚く意味が分からない。

「帰ってよ。あたし、今から寝るの」

黒い瞳に女が映る。キッと自分自身を睨み付けて放さない。黒い、自分。
怖くなって、あたしは向きを変えた。

「ほら、夜遊びなんかするから生活リズムが崩れるんだ」

「あんたにだけは言われたくねぇよ」

放り投げるように鞄を粗雑に置く。部屋が急に汚くなった気がするけれど、今はそんな事どうだっていい。

「暇暇ー。雅ちゃん、寝ないでよ」

「ああ、もううるさい! あたしは寝るんだってば!」

「じゃあ寝るまでここにいる」

「はぁ? 楸さんがいたら安心して寝れないじゃん」

楸さんは拗ねたように抱き枕を抱き締めている。どうやら気に入ったらしい。他人の物を気に入るなんて、迷惑な話だけど。

「つか、出てって下さい。着替えるから」

「雅ちゃん、俺の話聞いてた?」

「聞いてた聞いてた。ほら、出ていかないとセクハラで訴えますよ?」

無理矢理に背中を押すと、楸さんは「くそぅ」と言いながらも足を動かした。
セクハラという言葉が引っ掛かったのか。とにかく助かってあたしはラッキーなのだけれど。
部屋から出て行くと、楸さんは渋々廊下の壁にもたれ掛かった。

「じゃあ、着替え終わったら教えてね」

「はいはい」

パタンとドアを閉める。生憎、部屋に鍵はついていないのだけれど、別にそこまで心配するほど楸さんも子供じゃない。許可なく入って来たりはしないだろう、と服を脱ぎ散らかした。
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