フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「いいから。そのまま」


ハルの腕が私の首のあたりで動き回る。


時々、ハルの指先が肌に触れてくすぐったい。


鎖骨に、固くひんやりとした物が触れた。


「来て。東子さん」


ハルが私の手を引いて、窓の方へ連れて行く。


まるで、エスコートでもするかのように。


「素敵」


思わず、うっとりとした声が漏れる。


黒い窓ガラスに映る私の首元に輝いていたのは、星が斜めに3つ連なるゴールドのネックレスだった。


華奢な星形に、ダイヤモンドがぎっしりと詰まっている。


「どうしたの、これ。レディース物よ、これ」


ふふ、とハルが声を漏らした。


「美しいだろ。この世界にたったひとつしか存在しない、オーダーメイドの一点ものだよ」


「ええ、とても。ハルはこういうのが好きなの?」


「これ、亡くなった祖母の形見なんだ。祖母はこれを、肌身離さずつけていたよ。いつも、どんな時もね」


ハッとして、私は慌てて首の後ろに手を回した。


「返すわ。大切な物は、簡単に貸したりしては駄目よ」


「いいから」


と、ハルが背後から私の両肩にそっと手を置いた。


映り込むガラスの中で、私はハルを見つめた。


「どうするの? 私、無くしてしまうかもしれないわよ」


フフ、とハルの吐息が耳元にかかる。


「東子さんは、そんな事しない」


「なぜ、そう言い切る事ができるの? 簡単に人を信用したらダメよ、ハル。痛い目に合うから」


「しないよ。簡単に信用したりしない」


でも、とハルの低い声が、しんと静かな空間にやわらかく響く。


「東子さんは、信じる」


「なぜ?」


「言っただろ。初めて会った夜、この人は信じられると思ったって」


だからだよ、とハルは言い、ネックレスを外そうとしたわたしの手を優しく掴んだ。


そして、そのまま、私の両手を3つ星に触れさせる。


「見て。これ。このネックレス、オリオン座の3つ星をモチーフにしているんだ」


「だけど、ハル」


と振り向いて、ハルと目が合って、私は言葉を飲み込んだ。


時々、思う。


特に、こんなふうに接近した時に目が合うと。


私は、この見知らぬ年下の男に、どうにかされてしまうのではないかと。


魂を抜き取られてしまうのではないかと。


「東子さん。ぼくの言う事をきいて」


ドキ、としてしまうような、高校生とは到底思えない、エキゾチックな大人びたこの瞳に、殺されてしまうかもしれない。


時々、そう思う。


私はただ、こく、と頷いて、またハルに背中を向けて、ガラスに映る自分の姿を見つめた。


時々、ハルが、怖い。
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