フィレンツェの恋人~L'amore vero~
ハルが、私の手を離して、歩き出す。


「ハル」


私の声に振り向きもせず、ハルはすたすたと歩きながら、手を後ろに差し伸べて来た。


私は小走りでハルに追いつき、その手を握った。


ハルがぎゅっと握り返してきた。


ハルの隣に並んで歩き続けた。


羽毛のような雪はやむ気配がない。


ぽつり、ぽつり、と立つガス灯の光に導かれるように、私たちは無言で手を繋ぎながら歩き続けた。


「……ああっ!」


マンションの前の街灯にさしかかった時、それまで一切口を開こうともしなかったハルが、唸るような声を出した。


「……frustranse!(イライラする)」


繋いでいる手とは逆の手で額を押えて、ハルは苛立ったように舌打ちをした。


悔しそうに眉間に深いしわを作って、唇を噛んでいた。


けれど、私は見ないふりをした。


今、何て言ったのか、なぜそんな顔をしているのか。


それを聞いてもきっとハルは教えてはくれないのだろう。


でも、もし万が一、教えてくれたら。


そして、それを知ったらもう、後戻りはできない。


そんな気がした。


何から後戻りできないのかと聞かれれば、そこですぐに答えられる理由もなかったのだけれども。


「……ハル」


くん、とハルの手を引いて、私は立ち止まった。


街灯を通り過ぎた瞬間だった。


ハルも立ち止まり、振り向いた。


「どうしたの?」


私は聞いてみようかどうか、迷った。


「……いいえ。何でもない」


けれど、やめた。


――ぼくは、大人になりたい。そうしたら、きっと……


その続きを聞いてみようか迷ったけれど、結局、聞けなかった。


本当はあの後何を言うつもりだったのか、聞きたくてたまらなかった。


でも、やめた。


「へんな東子さん」


ハルが「に」と笑う。

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