フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「行こう」


と私の手を引き、キャンドルの明りに縁取られた石畳の小道を引き返しながら。


「北欧では初雪の事を“エンジェルスノー”という地方があるんだ」


「天使の雪?」


にっこり、ハルが微笑む。


「初雪はね、天使たちが急いで冬支度を始める時に、天使の羽根から羽毛が少し抜け落ちて、それが地上に落ちて来る時に雪に変わるんだって」


突然、あっと声を漏らしてハルが立ち止まる。


そして、私の手をぐいっと引っ張り、手のひらを仰向かせた。


「えっ、何?」


「いいから」


「何なの……」


あ。


大きな雪の粒がふわふわ上下しながら降りて来て、私の手のひらに降り立った。


たちまち小さくなり、すぐに無くなってしまった。


「良かったね、東子さん。幸せになれるよ」


「え?」


首を傾げた私に、ハルが言った。


「まあ、初雪ではなかったけれどね。これはきっと“エンジェルスノー”だよ。見ただろう? 羽毛のような雪だった」


「……そうかもしれないわね」


私は雪が融けたばかりの手のひらを見つめた。


「天使の羽根から抜け落ちた羽毛を手にした人は、幸せになる」


祖母が言っていた、とにっこり微笑むハルに、私も微笑みを返した。


「ハルのおばあ様は、本当に素敵な人だったのね」


「そうさ。とても強くて、とっても弱い人だった」


見つめ合うハルの肩に、羽毛のような雪が音も無く降り積もっていく。


「東子さん」


ハルが私の手を握った。


「もう少し待っていて。ぼくが大人になるまで、待っていて」


私は首を傾げた。


「どうして?」


私の頬に残った涙を手で拭いたあと、ハルが急に大人びた顔になった。


そして、今にも泣いてしまいそうな切なげな目をして、夜空を見上げながら言った。


「なぜ、ぼくは大人じゃないのかな……」


妙に色気のある横顔に、ほんの少しだけ、どきどきした。


「今日、生まれて初めて大人になりたいと思ったよ。昨日までは嫌で嫌でたまらなかったのに。ぼくは、大人になりたい。そうしたら、きっと……」


会話が途切れた途端、しんとした雪夜の静寂が訪れた。
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