フィレンツェの恋人~L'amore vero~
牧瀬 東子(まきせ とうこ)。


二十五歳。


大手広告代理店の受付嬢の仕事は、もう五年目になる。


本当に、ほんの数分前だったのだ。


来年四月に結婚の約束をしている恋人に、私は捨てられた。


いとも、あっさりと。


もうすでに両家の顔合わせも結納も、式の日取りまで決まっていたのに。


それでも、容赦は無かった。


「バカにして……バカにしてっ!」


男は結局、甘ったるい香りの若い女の肌に吸い寄せられる、単純で愚かな生き物だ。


どいつもこいつも。


「私のこと、バカにしてっ」


そして、若い女は悪魔だ。


欲しいモノのためなら、裏切りなんて朝飯前。


どんな事だってする、小作な詐欺師のような、化け物だ。


そう思いながら、私は泣きやむ事が出来なかった。


大通りには定番のクリスマスソングが流れ、更け行く夜にクリスマスツリーの明りが煌びやかな輝きを散りばめていた。


こんなにも美しい夜に、とことんツイてない。


まるで、体半分を斧がナタで削ぎ落とされたような気分だ。


ライトアップされた大通りは恋人たちであふれ返り、完璧な聖地になっているのに。


その空間をふらふらさ迷いながら、私は二十五にもなって、わんわん声を上げて泣いた。
< 3 / 415 >

この作品をシェア

pagetop