フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「わっ……見て、あの人」


「何があったか知らないけど、可哀想」


「クリスマスなのにね」


すれ違う恋人たちが訝しげな視線を向けて来る。


「……すごい泣いてる」


「憐れえ……」


本当に憐れなのだから、そう思われても無理のない事だ。


二十五にもなった女が鼻を真っ赤にして、人目もはばからずぎゃんぎゃん泣きわめいて歩いているのだから。


自分でも呆れ果てて、溜息ひとつ出やしない。


これじゃ、ただのキチガイ女だ。


聖なる夜に、私は不幸のどん底に突き落とされた。


それは、何の前触れもなく、唐突に。


「東子。話があるんだ」


十二月二十四日。


ホワイト・クリスマス・イヴ。


「別れてくれないか」


婚約者を奪われてしまった。


「何……言い出すの、慎二。もう、式の日取りも会場だって予約しているのよ」


橘慎二(たちばな しんじ)は、私の婚約者だ。


いや、元、婚約者だ。

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