フィレンツェの恋人~L'amore vero~
煌の弟が10歳にして、イタリアの名門大学の回答率3パーセントという超難題を、いとも簡単にあっさりと解いたというものだったらしい。


「……すごいのね」


「僕がどんなに勉強したところで、足元にも及ばないさ。そして、認めざるを得ないんだ」


例え、それが噂だとしてもね、と煌は続けた。


「それだけじゃない。性格も母に良く似ている。要らないものは全て排除する。その性格、母にそっくりだ」


自分に必要のないものは、人であろうと物であろうと、感情であろうと容赦なく排除する。


それが、弟だ。


と、煌は言った。


硬直した私の体を後ろから抱き締めて、煌はハッとしたようにやわらかな口調になった。


「あくまで噂だけどね。実際はどうか分からない。もうずっと会ってないから」


「全く、連絡も取っていないの?」


「ああ、全く」


私は煌の腕を抱きしめて、ややあってから聞いた。


「会いたいとは……思わないの?」


「思うけど、それ以上に、怖いんだ。あいつの中から排除されているのかもしれないと思うと、怖い」


「私もよ、煌」


私も、怖い。


恐ろしくてたまらなくなる。


「え……なぜ、華穂が?」


私は温かい腕の中でもそもそと回転して、煌の胸に顔を埋めて、背中に回した両手でしがみついた。


「急に怖くなったの」


この体も心も、この人のものになれたのだと自覚した途端に、今度は幸せを飛び越えて恐ろしくなって、不安に押し潰されそうになってしまった。


「華穂」


煌が私を抱きしめる。


このまま時間が止まってしまえばいい。


そして、煌の腕の中でミイラになって、やがては化石になって。


いいえ。


もういっそのこと、このまま世界が滅亡してしまえばいいとさえ思った。


これは、例えば、の話だけれど。
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