トルコの蕾
コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
いつもは何も言わずに部屋に入ってくる正樹がわざわざノックしたのはきっと、もう自分のことを愛していないからかもしれないと絵美は思った。
「こんばんは」
恐る恐るドアを開けると、少し怒ったような表情の正樹が、他人行儀にそう言った。
「入ってもいいかな?」
「…うん」
「正樹さん、コーヒーでいい?」
「ああ、ありがとう」
こぽこぽ、とインスタントコーヒーを注ぎながら、正樹の茶色の短髪から覗く耳を見た。
綺麗で、整ったかたちの耳が覗くその爽やかなヘアスタイルが絵美は大好きで、初めて厨房にいる彼を見たとき、その横顔に釘付けになったのを覚えている。
「遅くにごめん」
と正樹は言った。彼が不機嫌なときに出る眉間のしわも、絵美は大好きだった。
「ううん」
コトン、とカップをテーブルに置く。苦い香りの湯気がカップから白く立ち上り、絵美はなぜだか泣き出しそうな気持ちになる。
「あのさ、絵美ちゃん」
不機嫌な表情のまま、正樹が言った。
「ごめん」
「あいつが、絵美ちゃんの店に行ったんだろ?」
絵美はゆっくり頷いた。
正樹の困ったような怒ったような表情が、彼女のことをあいつと呼ぶことさえ、まるで自分のほうが他人だと言われているような気がして、絵美はたまらなく悲しい気持ちになる。
「それで、絵美ちゃんが、言ったんだってね。俺がまだあいつのことを忘れられないのかもしれないって。会ってやってくれって」
絵美は黙って頷いた。だってそうじゃない、そう思ってしまったんだから仕方ないじゃない、と絵美は泣きそうな気持ちになる。
正樹は、はあ、と大きくため息をつくと、絵美に向かって言った。
「ごめん。俺が悪かった」
「話すよ、あいつとのこと全部」