トルコの蕾
仕事帰りのサラリーマンが、フラワーショップの前に立てられた黒板を見て立ち止まる。
立ち止まったサラリーマンは体格もよく、背が高い。
堂々とした立ち姿、少し強面だが、自然に日焼けした肌に爽やかな短髪が、いかにも働き盛りの営業マンという印象だ。
彼は少し悩んで恥ずかしそうに頭を掻きながらそろりと店内に入って来ると、店長の真希に向かってこう言った。
「あの…今日は、いい夫婦の日、というのは本当かな?」
黒板には、カラフルなチョークで絵美のかわいらしい文字で、『11(イイ)月22(フウフ)日はいい夫婦の日!奥様に感謝の花束を!』と書いてある。
真希はサラリーマンに向かってにっこりと微笑む。
「はい。今日はいい夫婦の日です。奥様はどんなお花がお好きですか?」
サラリーマンはううんと唸って頭を掻いた。
「わからないな、君にお任せするよ」
「かしこまりました。では、ご予算は?おいくら位でお作りしましょうか」
真希は笑顔を崩さずテンポ良く話す。1日に何度も繰り返されるこの会話も、お客様のことを知る大切な会話だと真希は思っている。
「そうだな…だいたい一万円くらいでどうかな?」
彼は不安げな表情で尋ねる。
真希はうーんと首を捻った。
「そうですね、一万円でしたら、かなり大きなお花束もお作りできますが…」
売上を上げる為には予算ぴったりに作り上げれば良い訳なのだが、受け取る側の気持ちを考えて接客しなければならないと、真希はいつも絵美に厳しく言っている。
「例えばそのまま、玄関の花瓶に飾れる程度の大きさのお花束のほうが、忙しい奥様には喜んでいただけるかもしれません」
大き過ぎる花束をもらって喜ぶのは、花を生けるのが趣味という人か、もしくは舞台で贈呈される花束の場合だけだ。
大抵は、茎を短く切りそろえないと花瓶に入らないような花束は嫌煙されることが多い。
「それくらいのサイズでしたら、高級なお花でまとめても七千円程度で大丈夫かと思いますが」
真希がそう言うと、サラリーマンは「じゃあ、それで頼むよ」と言って安心したように笑った。