トルコの蕾
「タッちゃん、わかってると思うけど」
停車した車内の沈黙に耐えられなくなって、真希は運転席の太一に向かって言った。
「あたし、結婚はできない」
助手席の真希の膝の上には、きょうの昼間に絵美が作った花束が乗っている。
太一からのプロポーズは、真希にとって嬉しくて涙がでそうなくらい幸せな出来事で、それを断る理由なんてひとつも思いつかなかった。
けれど、違うのだ。
「あたし、彼のことが好きなんだと思う」
真希は花束のトルコキキョウの蕾を指でそっと撫でた。フリンジという品種のこのトルコキキョウは、まだ開いていない小さな蕾でさえ、バラと見間違うくらいに華やかで美しい。
後悔するかもしれない。
これで太一が他の人と結婚してしまったら、きっと一生後悔するに違いない。
だけど、これでいい。いや、こうしなきゃ駄目なんだ。
他人の男に手をだして、五年も付き合った自分にいまさら幸せになる資格なんてない。
武の奥さんはきっと、多分どこかで気づいていたに違いないから。
ずっと、悲しい思いをしていたに違いないから。
「彼とのこと、無かったことになんて出来ない」
他人の幸せを壊しておいて、自分だけ幸せになるなんて卑怯だ。
「あたし、タッちゃんには嘘をつきたくないの。だからごめん」
真希はそう言って俯いた。