ここでキスして。
彼が去ってからもずっと忘れられなかった。

一年経っても、二年経っても。三年経っても四年経ってもまだ……。その度に自分に言い聞かせた。彼はもう、ここにはいないのだからあきらめなくちゃ、忘れなくちゃと。

今年の冬を迎えたらもう五年だ。同窓会に出席したとき、同級生の兄から、彼が海外に出ていると噂で聞いた。それ以外、詳しいことはなにひとつわからない。

どんなに逢いたくても……どれほど恋しくても……一度も会えることのないまま……。

季節が秋から冬に変わるとき……こうして度々思い返しては、切ない想いが駆け巡る。
花梨はそれを振り切るように故郷の景色に背を向け、新幹線の改札口へ急いだ。



新幹線に乗ったのは八時半ごろ。二時間くらいで、あっという間に東京駅に着いた。
夢を抱いて上京したまではいいけれど、東京駅に着いてから、さっそく花梨は出端をくじかれた。

「こんなに人が多いものだったっけ」
東京には何度か来たことがあるけれど、人の多さに圧倒されてしまい、動けないどころか目が回ってしまった。

朝のラッシュの時間を避けたというのに、人に押されて進みたくない方向にいつのまにか進んでしまうし、なんとか波に乗って入った電車もどこに連れていかれるのかさっぱりわからなかった。

人波にもまれてぐちゃぐちゃになりながら、思わず一言。

「これから毎日こんな電車に乗るの? もっと会社の近くにマンションを探せばよかった……」

新たにがんばっていく目標にしたくて東京タワーの見えるところに住みたかった花梨は、賃貸情報誌を眺めて、東京タワーの見える部屋を探した。

しかし、いい物件の賃料はどうしても高い。給料の三分の一を目安にいろいろ探してみたが、築三十年以上の狭いところばかりだった。住めば都と思って、ようやく麻布台の古いワンルームマンションに決めたのだ。
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