+チック、
その先にあるものは…
その場所に足を踏み入れるとコツン、コツンと足音がよく響いた。

季節は初夏だった。

風にはまだ冷たさが残っていた。

特に雨が上がった後の夕方の山は独特な冷たさを帯びている。

私の家の近くには夜景の綺麗な峠がある。いわゆるデートスポットというものだ。
背後からは幸せそうなカップルを乗せた、バイクや車が轟音をたてながら歩いている私を追い越していく。

私は大きな百合の花束を手に、静かに彼らを見送る。
別に羨ましいとは思いわしない。だって私自身も最愛の人に逢いに行くのだから…

私は彼の背に近づきたいと言う理由だけで山道には適さない圧底の靴を履いて、パニエの入ったゴシック調のスカートにノースリーブの服を着て峠を登った。

時々小さな石を踏むだけで圧底の靴はバランスを崩してしまう。

それでも好きな人の前では綺麗でありたいと思うとすぐに立ち上がる事ができた。


目的地が見えてくる頃には、周囲は真っ暗になっていた。

峠には明かりが少なく、暗闇に目が慣れてしまうと車のヘッドライトは目が潰れそうな程に眩しい。

車は私のすぐ脇をすり抜けていった。私が目指している目的地は急カーブが幾つも連なる場所のトンネルだった。この辺りは坂も急で事故が多発している地帯だ。

なので私自信も気を付けておかないといつ引かれてもおかしくないのだった。

「あと少し」

車に気を付けながら、カーブを三度くらい抜けたところで突然携帯が鳴った。

メールにはとても丁寧な文章で私を心配する内容が書かれていた。私は敢えて返事を書かなかった。

だって、あと一つカーブを抜ければ直接逢えるのだから。



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