みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
社会人の必携である、“お世話になります”というフレーズも控えたのだから。
「明日の夜だけど、会社まで迎えに行っても」
「それだけはどうかお止め下さい」
とはいえ、里村社長の提案には聞き終える前にNOと強く返した。そのせいで一瞬、シンと静まる双方。
「――何で?」
「え?」
「叶に知られると嫌だから?」
「――いいえ、断じて違います。
大変失礼なのを承知で申し上げますが……。
もし社内に里村社長と個人的に親しくして頂いていると知れたら、今回の事業に必死に取り組んでいたチームの皆さんに、何かしらの迷惑が及ぶのではと恐れていました」
イチ社員として、分別は弁えている。何より身勝手オトコが理由とか、……それこそ甚だしい。
「ハハ、分かった!それを言われたら納得するしかないな。
朱祢ちゃん、待ち合わせはヴィレ・ホテルの中華料理店で。好き嫌いとか大丈夫?」
「はい、中華は大好きです」
「それじゃあ、明日の19時に。ホテルに着いたら連絡くれる?」
「分かりました、楽しみにしていますね。
ご丁寧にお電話ありがとうございました」
“友達に敬語は要らないよ”と言う里村氏。やっぱり彼はモテるな、と確信して通話を終えた。
* * *
翌日の金曜日は、午後から定例の役員会議が行なわれていた。
第2秘書の私はさほど関わりない。午前中と同じく通常業務をこなして時間が過ぎていた。
不意に腕時計を見れば、16時を示している。待ち合わせまであと3時間。……デートでもないのに、少し落ち着かない。