みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


「この肉は本当にウマいよ」

「はぁ、そうですか」


なんでもA5等級の葉山牛らしいのだが、今日はまったくそそられない。


――嫌いな男とこの状況で食べて、美味しい!と味わえるほど無神経じゃないんだよ。


寧ろつつましいサイズのお肉より、チェーン店の焼き肉屋でがっつり食べたい私は安上がりな女の筆頭格だ。


実にくだらない茶番だ、とワイングラスを手に赤い液体をぼんやり眺めていた刹那。


ある人物が視界の隅に入り、弾かれたように私はパッと顔を上げてしまう。


「どうかした?」

「……いえ」

正面から尋ねてきた里村社長に首を振ると、ワイングラスをテーブル上へ置く。


取り繕いの微笑も粗末なものだが。ドクンドクン、と早鐘を打つ鼓動が速まる一方では仕方ない。



「叶!会いたかったわ」

そこへ高らかな女性の声が、奥まった私たちの席まで届いた。


さすがに呼ばれた名前に見て見ぬフリも出来なくなり、私は恐る恐るその方へ目を向けることに。



視線は前方斜めあたりで止まる。――社長とこのホテルで出くわすなんて不運だ。



「……ここでは止めろ」


< 155 / 255 >

この作品をシェア

pagetop