みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
彼女が愛する人を欺いてまで姿を消した理由。――それは体内に巣食った癌だった。
主治医のいる大学病院ですぐさま精密検査を受けたところ、悪性グリオーマという病名を告げられる。
それは神経げん細胞から発生する悪性腫瘍のことで、極めて治療法の乏しい癌だ。
病気を知らされた私と彼女は、ふたりで必死に治療方法を模索した。でも、名医と呼ばれる医師に余命を告げられただけ。
二十代の私たちにはあまりに残酷なものだった。そこでようやく両親に事実を告げた彼女は、仕事も理由を伏せて辞めたのだ。
『治療も難しいって、どの病院でも言われたの。
……もって一年の身体なら、アメリカのホスピスで好きなことをして安らかに過ごしたいわ』
家族の前でそう言いきった透子ちゃん。もちろん私たちは猛反対したけれど、意思の強い彼女は受け入れなかった。
大事な人を亡くす痛みを知る私は、再びこの世で大事な人がいなくなる恐怖に慄いた。でも、残される者より病を患う人の方がはるかに強い。
病気は知らされた時より病を正面から受け止める時の方が辛いね、と生前の母が言っていたように。