みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


『隼はシンガポールで働いてて滅多に会えないから、家族が増えて本当に嬉しいの。
父から教えられた時は驚いたけれど、朱祢ちゃんに会った時に分かったわ。……素敵なお母さんだったんだろうなって』

互いに友人には話せないことを言える家族として、会うまでの時間を埋めるように甘やかしてくれたね。



社長より2歳上の29歳だったその頃の彼女は、父の反対を押し切って一般企業に勤めていた。


営業事務として働きながら、当時イギリスのケンブリッジへ留学していた社長と結婚を視野に付き合っていたのだ。


私によく電話やメールで社長の話をしてくれたけれど、彼の方には妹がいることを隠していたとか。

どうやら父に、結婚までは固く口止めされていたらしい。


そんな幸せを一気に壊したのが、その年に行なわれた会社の健康診断。再検査の連絡こそがすべての始まりだった……。



「……がん、だったんです。見つかった時にはもう、手の施しようがなくて……っ、」

「ああ、……聞いた」

社長が苦しげに呟き、その表情を見つめる私は涙が頬をツーっと伝っていた。


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