短編集~The Lovers WITHOUT Love Words~

「先輩、この後飲みませんか?」

長々しい会議が終わった後、後輩の上田に声をかけられた。
最も日の入りが遅いこの季節、終業時刻を迎えても家に帰るのはもったいないと思わせるほどに外はまだ明るい。

「色々忙しいんだ。もう帰るよ」
これといった用事があるわけではなかったが、恵一は誘いをにべもなく断った。こういう馴れ合いには、全く興味がない。

「そんなこと言わないでくださいよ、ほら!ロンドンの話も聞きたいし」
それでも食いついてくる上田。ひたすら愛想の悪い恵一をなぜか慕う、奇特な後輩だ。

「ロンドンでは、職場の人間と飲みに行ったりしない」
恵一は、ロンドンの話を一つだけ教えてあげると、またな、と後輩の肩を叩いて社屋を後にした。

赴任先のロンドンには、月曜にまた戻る。上田は憎めないいい奴だが、貴重な日本での滞在時間を上田のどうでもいい話に付き合って浪費するつもりはない。

別に、恵一に特別な予知能力があるわけではない。
虫の知らせがあったわけでもないが、この30分後、恵一は自分の判断が素晴らしく正しかったと思うことになる。



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