森林浴―或る弟の手記―
私は幸乃にその紫乃という女性について詳しく尋ねました。
田町遊郭は、空襲の被害は受けなかったものの、食糧難や帰郷する者が続出し、遊郭としては殆ど機能を成していなかったそうです。
ですが、アメリカの独占を受けていたた為、米軍の客も来ていたし、慰安婦をする者もいたそうです。
一応、遊郭としては残っていたその場所に、ふらりと若い女が来たそうです。
それは別に珍しいことではなく、空襲で家族や家を失ったものが、働き口として女が来ることはよくあったそうです。
紫乃という女性もその一人でしたが、彼女は他の女と違い、美しかったそうです。
身体や衣服を泥塗れにし、髪はぼさぼさで、何日も身体を洗っていないせいで、異臭さえ漂う。
それでも、彼女は美しかった。
幸乃はそう語りました。
そして、幸乃が世話になっていた店の女将さんが彼女を気に入り、面倒をみていたそうです。
身綺麗にした彼女は輝くばかりの美貌だったそうです。
その美しさは紛れもなく佐保里姉さんでしょう。
ですが、早苗はどうしたのでしょうか。
幸乃に、その女性は子供を連れていなかったか尋ねましたが、幸乃はいなかったと答えました。
家が焼け落ちたのは知っています。
もしかしたら、そんな中で生き残ったのは佐保里姉さんだけだったのでしょうか。
ですが、私はそれでも嬉しかったのです。
早苗をこの腕に抱くことが叶わずとも、佐保里姉さんが生きているかもしれない。
それだけで十分嬉しくありました。
早苗は生きていれば、八歳でした。
さぞや可愛い女の子だったでしょう。
私は直ぐに田町に足を運ぼうと思いました。
幸乃の話は何年も前のものですが、まだ佐保里姉さんはそこにいるかもしれない。
いや、いて欲しい。
そう願わずにはいられませんでした。